■見習い日記■

 本場所開場の時間。見習いの僕を含めた行司や呼出、床山、新弟子は仕事に追われる。チケットのもぎり、場内の警備などはもちろん、
 新弟子達は姉弟子などの付け人として世話をしなくてはならない。それぞれ仕事の大小にかかわらず最小限の人数でこなしている都合上、
 休憩を取る時間もない。
 かく言う僕もまた、開場から入口で他の数人と共にもぎりの作業に就き、幕下から観覧する女相撲通のチケットを捌くのに追われていた。
 女相撲では、幕下の時間から客の入りが多い。といっても、やはり満員となるのは十両の取組半ば頃から幕内の取組が始まる前辺りだが。
 しかし、大相撲と比べると序の口から三段目までに相当する番付がない女相撲では、開場直後からの客足は段違いに良い。
 それというのも、一夜場所にはまだ出場することのない幕下の力士から、
 いずれ谷町として贔屓にしようという将来有望な力士を探すのが女相撲通の嗜みとされるからだ。
 土俵の上では幕下の取組が進んでいるだろうか。十両の取組が始まる時間が近付くと、それまで以上にエントランスが賑わい始める。
 女相撲通というほどではないにしろ、女相撲ファンといっていい客層がどっと増えるのだ。十両となれば、
 一夜場所の人気が番付にも影響する。一夜場所に向けての力士のアピール、それを見て一夜場所の相手を決めようという一日谷町達。
 それぞれの思惑が大きな集客力となっているのだ。
 チケットの半券を切り取り続けるうちに、十両の取組が始まって一時間。そろそろ十両の取組も終わろうかという頃だろう。
 この頃になるとエントランスに客の姿は疎らだ。十両の取組が終われば、幕内土俵入り、横綱土俵入りと二つの大きな見せ場があり、
 幕内取組が始まればもうもぎりの仕事は全くないと言って良い。
「今日は開場から客足が早かったせいか、もう暇になったな……」
 まだ幕内土俵入り前だというのに、既に僕は手持ち無沙汰になっていた。
「おーい、綾川ぁー」
 パイプ椅子に腰掛けて暇を持て余す僕にかけられる声。その声の主は、床山の丸山さん。薄い頭に詰まった身長、
 そして愛嬌のある笑い顔が印象的な好いおじさんだ。右も左も解らない僕になにかと世話を焼いてくれる、面倒見のいい人だ。
「あ、お疲れ様です。もうすぐ幕内の土俵入りですよね、いいんですか床山さんがこんな所に来てて」
 床山というと、大相撲であれば大銀杏を結うのが仕事であるが、女相撲では大銀杏の代わりにヘアセットやメイク、廻しの締め込みなど、
 頭髪以外の部分でも力士を支えるのだ。
「もちろん遊びに来たんじゃねぇんだ。ちょっと支度部屋の方の手伝いに来てもらえんかとおもって呼びに来たんだよ」
 支度部屋での仕事、要するに締め込みなどに駆り出されるというわけだ。
「あぁ、なるほど……わかりました」
「よし、じゃあ綾川は借りていくぞ」
 丸山さんが他のもぎり達にそれだけ言う。そして背中をポンと叩く彼に促され、僕は支度部屋に向かって小走りに歩き出した。

 支度部屋に近付くほどに、力士達の熱気で蒸発した汗と女の体臭とが混ざり合った噎せ返るような香気が鼻腔をくすぐり、
 肺腑をいっぱいにしていく。
「東ですか?」
「あぁ、西は粗方終わってるんでな。代わりにこっちが遅れてるんだ、頼むぞ」
「はい」
 支度部屋に入る。フットサルが出来そうなくらいの大部屋に、所狭しと女力士が場所を取って支度をしている。既に支度を終えて、
 煌びやかな化粧廻しを纏っている関取もいる。
「お、綾川だ」
「え、あ、ほんとだ。綾川ー、支度の時間に来て、さてはノゾキかー?」
「違いますよッ、丸川さんの手伝いですッ」
 僕の存在に気付いた関取が幾人か手を振ったり、茶化して軽口を叩く。土俵入り前はまだ緊張感が感じられないが、
 土俵入りの後では彼女達も関取という勝負師の顔になるのだ。
「ははは、相変わらずモテるな綾川。ま、ジャレるのはひとまず後にして、締め込みやるからこっち来てくれ」
 土俵入りを前に、化粧廻しの締め込みやヘアセット、メイクに忙しい力士と床山達の中を縫うようにして、
 丸山さんに続いて板の間に上がる。
 女力士達の多くは化粧廻しや全裸で動き回っているが、その場にいる男である丸山さんや他の床山、僕を意識する素振りはない。
「アッ、と、ごめんなさい」
 豊かな乳房を揺らし、丸く肉付き良い尻を晒して、力士が僕の前を横切る。その女体にいちいち反応してしまう僕は、
 女相撲に関わる者としては問題のある未熟者だろう。若いから当然だ、俺も若い頃はそうだった。
 そう丸山さんや年配の床山達に言われながらも、それぞれに個性と魅力のある女力士の艶姿を前にまったく平然としていられる事が
 逆に不思議に思えるのは、やはり僕が若いからなのだろうか。
「あ、や、やだ、綾川君、どうしたのっ」
 高い音階の声が僕の名前を出した。丸山さんに付いて板の間に上がった僕が行った先には、よく肉付いた太い体の女力士がいた。
 四股名を寸騨という、前頭の上位にいる関取だ。あんこ型の身の幅は太く丸く、上背は並みといったところか。
 現役力士中最重量クラスの体を活かした四つの相撲を得意として、腰が重く隙のない相撲を取る実力のある力士だ。
 僕が現れたことにどういうわけか酷く動揺した風で、それまで堂々と晒していた乳房や下半身を腕と手のひらで覆い隠した。
 幕内に上がるようなある程度以上の経験と実力のある関取としては、不似合いなほどに初々しい。
 まるで、初土俵を踏んだばかりの初な娘のようだ。実際、その顔立ちは体格に対してかなり童顔と言えるだろう。
 首筋に下がった短い二房のツインテールが、童顔と相俟って少女のような印象を持たせる。
「どうも、寸騨関。支度の手伝いに来ました」
 と、彼女に向かって軽く御辞儀をする。
「え、あ、ありがとう〜っ」
 僕の御辞儀に対して、より深く頭を下げる寸騨関。その頭突きせんかのような勢いに、胸の巨大な乳房がダップンッと大きく揺れた。
 ボリュームのある肉体は、あんこ型とはいえそれほど弛んでだらしないという風でもない。稽古に鍛えられた筋肉が下地にあるせいか、
 実際の触れれば手が沈むような柔らかさに反して肉が締まって見えるのだ。その肉付きの良さを一番に表す途方もなく膨大な乳は、
 片方を持ち上げるのに両手でも余るような大きさで、僕の両腕の力が必要そうなほどの重量感だ。
 また、太い腰回りから続く桁外れに大きな尻と肉厚な下腹部の土手は、否応なく目を引く。その体型は好みの分かれるところだろうが、
 だらしない肥満ではなく、ふくよかな豊満といったほうがいいだろうその女体に、少なくとも僕は劣情を催さずにはいられない。
 だがそれを押し殺して、平静を装う。
「さっさとやるぞ」
 丸山さんが自分より頭一つ大きい寸騨関の背中を叩く。
「え、え、あ、あの、自分でやりますからぁ」
 焦った様子で寸騨関が一歩引き下がる。
「なに言ってんだ、一人で廻しが締められるかよ。さぁもう土俵入りまで時間ないぞ。ほら、さっさとせんか!」
 そういって丸山さんは、逃げるように後ずさる寸騨関の後ろに回り込んだ。そして、
 彼女の牛馬のように巨大な尻をパーンと一つ引っぱたいた。
「ひぃんッ! うぅー……」
 関取も老練な床山の前ではただの若い娘といったところか。しぶしぶといった様子で、寸騨関は胸元と股間を隠していた手をどけて
 直立する。さらけ出された乳房の、大ぶりの乳輪が僕の目を奪う。もち肌で色白な寸騨関のそれは可憐なまでの桜色で
 とても上品な印象があった。
「よし綾川、さっさとやるぞ。寸騨関は褌締めててくれ」
「うぅ……はいぃ」
 明け荷を開け、そこに奇麗に仕舞い込まれている博多織の化粧廻しを丸山さんと二人で大事に取り出す。そして、八メートルほどある
 化粧廻しの刺繍と馬簾のついた前垂れをそのままに、力士に巻く褌になる部分をビール瓶で折り目を付けながら二つ、四つ、六つと
 折っていく。
 その間に、寸騨関は自分で化粧廻しの下に着ける六尺褌を締めようとしていた。そんな彼女の傍らで廻しを折る僕の目の高さには
 寸騨関の股間があり、思わずチラと覗き見てしまう。土手には細く真っ直ぐな陰毛が薄く生え、肉厚な土手が女の亀裂を深く形作り、
 ぴったりと閉じたスジ状のそこは、まるで少女のようですらあった。
「じゃあ、締めるぞ」
 化粧廻しを丸山さんと二人がかりで六つに折り終え、豪華な刺繍が煌びやかな前垂れを寸騨関自身に持たせる。股間が収まる前袋になる
 部分だけ六つに折った状態から二つ折りにまで広げ、そこがちょうど股間に当たるようにする。
「じゃあ寸騨関、潜らせますんで、少し股を開いて下さい」
「うん……」
 化粧廻しを彼女の股下から尻の方に潜らせる。褌として腰に巻くためのそれを、寸騨関の後ろにいる丸山さんに渡す。
 それを丸山さんは軽く引いて、股と尻に食い込ませた。
「寸騨関、前袋は大丈夫ですか?」
「あ、はい、大丈夫……」
 前袋が股間にしっかりとフィットするよう寸騨関が自分で腰を動かして股の当たり具合を直す。それを確認してから僕は前垂れを押さえ、
 後ろの丸山さんがグンと立褌を彼女どっしりと肉の厚い尻の割れ目に食い込ませるように引っ張り上げた。
「はぅん」
 引っ張り上げられた寸騨関が、一瞬つま先立ちするようにして伸び上がる。それに構わず、丸山さんは引っ張り上げた立褌の先を
 九十度捻って、廻しとなる博多織の布を彼女の腰に回す。ぐるりと彼女の周りを回るようにして、硬い布を両手で引っ張りながら
 グッと締め込んでいく。数周したところで寸騨関が自ら持っていた前垂れを下ろし、そこに重ねるようにしてもう一周巻き付け、
 仙骨の当たりで立褌と交差させ絡めるようにして結ぶ。
「よし、出来たぞ寸騨関」
「う、うん、ありがとうございます」
 僕の方に向き直って寸騨関が頭を下げ、そして丸山さんに再度向き直って頭を下げる。きっちりと形良い締め込み姿で、
 寸騨関は力士らしい姿になる。もっとも、土俵入りの後この締め込みを解いて、取組用の絹の廻しに締め換えるのだが。
「寸騨関、御髪はどうする」
「あ、さっき自分でやったので大丈夫ですー」
「そうか。まぁ、寸騨関は御髪も化粧もそのまま自然な方がいいな。変に飾ってもケバくなっちまうだろうし、そのままがいい。
 な、綾川」
「そうですね、ナチュラルでいいと思います」
「えへへ、そうですか、じゃあこれからもこのままでいきます」
 ポリポリと照れたように頬を掻く寸騨関。その寸騨関の支度が一番最後だったらしく、
 彼女の支度が終わった頃には既に力士達は花道に出る準備へと動き始めていた。
「寸騨関、もう土俵入り始まりますよ」
「あっ、いけない、それじゃあ丸山さん、綾川君、また後で」
 と、にこやかに言い残して、ズンッズンッと巨体が小躍りするようなステップで支度部屋の板の間を往く。
「寸騨ッ、貴女、その大きななりでスキップしない!」
「は、はぅぅ、ごめんなさい……」
 軽く板の間が揺れるようなステップで花道へ続く廊下に出た寸騨関に飛ぶお叱りの声。そして、
 あの大きな体に不釣り合いな蚊の鳴くような声で謝る様子が聞こえてきた。
「まったく……土俵入り前だってのに浮かれてっから」
「あの声は、迫潮関ですね……」
 丸山さんと顔を見合わせて、僕は肩をすくませた。


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