オデッサの夜
「変わりはないか?」
「は、はあっ・・・」
私はひどく緊張していた。
「閣下もお変わりなく。」
マスクの下の目がキラリと光った。
「連邦が何やら秘密作戦を計画しているそうだが?」
「閣下もご存知でしたか。」
「レビルの動きが相当怪しいらしい、という情報が入っている。」
「連邦陣営に潜り込ませた諜報網からも、そのように入っております。」
「さすがだな。」
誉められて私は赤くなった。
「相当、高いレベルの機密だそうではないか?」
「閣下・・・知る人間の数が少ないほど、その情報源の安全性が確保されます。」
情報源はレビルの参謀の将軍であったが、閣下にもそれは洩らせない、と思った。
「そうだったな・・・視察は明日からにしようか。」
照れくさそうに笑い、キシリア様はマスクとヘルメットを取り、机の上に置いた。
豊かな栗色の髪の毛は高く結い上げられてあり、それが肩口に広がると同時に、室内に甘い匂いが漂った。
「これが自慢の壷か?」
宋時代の白磁の壷を指して、閣下は興味深そうに眺めた。
「は・・・廃墟から、見つけたものにございます。」
白磁の壷の表面はキラキラ光り、キシリア様の顔を映さんばかりに磨いてある。
「よろしければ、グラナダにお持ち帰りになられますか?」
言ってしまってから、自分の言葉が阿諛追従にまみれていないかどうか、不安になった。
それでなくても敵の多い身の上である。身をたださねば、足元をすくわれる危険は充分にあった。
現にこの地上では、ユーリ・ケラーネ少将やノイエンビッター少将、宇宙ではトワニング准将、ルーゲンス提督といった将軍達が、私を蹴落とそうとしている。
「・・・やっぱり、やめておこう。」
しばらくしてから、キシリア様が言った。
安堵とも心配ともどちらともつかない吐息を、私は密かに吐いた。
「グラナダへ戻る時、割らないでおく自信がないからな。」
珍しくキシリア様は破顔した。
「それに・・・」
「それに?何でありましょう?」
「壷のことは、さっぱり判らん。」
軽やかにキシリア様は笑われた。ふと見えた白い歯並みが、美しいと思った。
「こういうものは、その価値を知る人間が持っていないと、意味があるまい。」
私はまた誉められたのだ、そう気づいた。
「閣下、お疲れでしょう。戦場ゆえ充分なものはございませんが、お部屋に入られて、汗でも流されたらいかがでしょうか?」
「そうさせてもらう、あ、マ・クベ?」
「はい。」
「地球には、温泉というものがあるらしいが。」
ソファ深く腰掛けていたキシリア様は、形のいい足を強調するかのように足を組んだ。
それを近くで眺めてみたい、またひざまずいて、すがってしまいたくなるような衝動を必死で押し殺し、
「はい、ございます。」
「この近くにあるか?」
「ええ、近くにございますが。」
「よし、連れて行ってくれ。」
「は?」
「温泉は肌によい、というではないか。」
なるほど、この私としたことが、それは気づかなかった。
「これでも私は女なのだ。温泉の効用を、この身で確かめてみたい。」
キシリア様が悪戯っぽく笑った。
官能めいた戦慄を感じつつ、私は副官のウラガンに連絡を取ることにした。彼ならうまく手配するだろう。
基地の近くに温泉があった。非番の兵達はちょくちょく利用しているらしい、確かウラガンからそう聞いたことがある。
私はウラガンに命令して、非番の兵達を臨時に温泉の清掃役にさせ、その後、連中にキシリア様が入浴している間の警護役を勤めさせることにした。
数持間ほどして、準備が整ったという連絡を受け、キシリア様の専用室に自ら赴き、
「ようやく準備が整いましてございます。」
ノックして、そう告げると、
「判った、マ・クベ、同行してくれるか?」
というドア越しの返事が返ってきた。
「はい。」
ドアの外で待つことしばし5分、ドアが開き、軽装の軍服に着替えたキシリア様が出てきた。
「待たせたな。」
「い、いえ。」
「マ・クベにエスコ−トしてもらうか、不思議な気分だな。」
今回の視察で、身の回りの世話をする女性兵を連れていないことを、温泉への道すがら、エレカの中で尋ねてみた。
「本当は身の回りくらい、自分でできるのだから、いらんのだ。そう言っても、父や兄は納得してくれん。特に兄は、秘書に身の回り、いや身の上から下まで、全部面倒みてもらっているようだがな。」
うふふ、とキシリア様は意味ありげな笑いをした。
兄上のギレン総帥には、美貌の秘書がいた。金髪碧眼の、名前は確かセシリア・アイリーンで、高級将官の間では「秘書らしく無口だが、美人、正に秘書の鏡」などと言われていた。
「視察には身軽な方がよい、そういうことだな。」
やがて、ウラガンの運転する車が、非番の兵達を護衛兵に仕立てて警護させている温泉施設に到着した。
一仕事終えて、ふうとため息を吐いたウラガンにねぎらいの言葉を掛け、待機しているように命じた。同時に警護兵達の統率を厳しくさせた。
滞在中に、不祥事など事件が起きたらたまらない。
粗末な造りの脱衣所に案内し、引き上げようとすると、キシリア様が話しかけてきた。
「マ・クベ。」
「はっ、ごゆっくりどうぞ。私は外で・・・」
「違うのだ。」
「はっ・・・」
「呼んだら、ここにいて欲しいのだ、私は着替えて湯に入るが、その時呼ぶからここに入ってきて欲しい。」
非常に魅力的な申し出であった。だが私は迷った。
うかつにここで返事してもよいものか。
「いいのだ、いて欲しいのだ・・・ではこうしよう、私が呼んだら、着替え場にこい、これは命令だ。」
命令とあらば仕方ない、キシリア様に従うことになった。
キシリア様の着替えを覗く不埒者を監視するという、言わば風呂番だった。ウラガンに命じてもう2、3人の兵を回してもらった。
落ち着かないまま、しかし、銃を構えた兵達と談笑するわけにもいかず、私は風呂場の入口をウロウロしていた。
と、風呂場から白い腕が伸び、私を差し招いた。
腕は抜けるように白く、艶やかで美しい。女盛りのキシリア様の腕だと思うと、生唾が口に湧くのを押さえられなかった。
見張りの兵達に動かぬよう命じ、私は腕に近づいて、ひざまずいた。
「何か、ご入り用でございますか?」
「着替え終わったから、湯につかる。3分後に脱衣所に入って、私の着替えを悪戯されんよう監視していてくれ。」
「は・・・はあ・・・し、しかし・・・」
「構わん。だが、お前1人だぞ、入ってきてよいのは。」
「はあ・・・」
何とも間抜けな返事を返すと、白い腕は、のれんをくぐって向こうに消えた。かすかに、キシリア様の含み笑いが聞こえたような気がした。
それから長い長い3分が経過し(それは永久だと思われた)、兵士達に断って、私は入口の中に入った。入る時、日系の兵士が描いた顔文字(へのへのもへじ、というらしい)ののれんに、緊張のあまり顔が覆われてしまった。
脱衣所は広く、50人くらいが同時に湯に入れるようになっていた。
向こう側に設置してある棚に、1人分の着替えの入った籠があった。足をすくませながら、私は警備兵よろしく籠の前に立った。
曇りガラスの向こうから、日差しと、カラ〜ンという桶の音が聞こえてきた。
あの向こうに、キシリア様が裸身でいらっしゃるのだ、そう思った。
また、生唾が湧いてきた。頭を振り振り、煩悩を追い出そうとする。
・・・今日はキシリア様の警護役なのだ。間違いでも犯そうものなら・・・
だが、私の煩悩を駆り立てるように、後ろの籠からよい香りが漂ってきた
振り返ると籠の中には、軽装軍服がきちんとたたんで置いてあった。その下に、恐らくは下着などが隠されているに違いない。
・・・キシリア様の服・・・
動悸が高くなり、私はいつしか腕を伸ばしていた。
顔を制服に埋め、思いきり深く息を吸って、香りを嗅いでしまったのだ。
・・・よい香り、上品な花の香り、ああ、これはキシリア様愛用の香りだ・・・
いったん顔を離し、制服に手を掛けた。
・・・こ、この下に、この下に、キシリア様の・・・
一方、醒めた自分が問う。
・・・こんなことしてよいのか、よいわけがない。私は栄えあるジオン公国軍の大佐なのだ。キシリア様の懐刀なのだ。まだ、引き返せる、やめるのだ、マ・クベ!・・・
「マ・クベ、マ・クベ!!」
私はどきっとして、籠を慌てて棚に戻して、振り返った。
曇りガラスの向こうに朧に人影が見えた。
「マ・クベ、いるのか?」
私は腹の底から、
「はっ!ここにおります!!」
と大声を出した。
「いるのか。」
ばれてない、私はふうとため息を吐いた。
「はい。」
だが次に思いがけない声が聞こえた。
「お前も浴びろ。入ってこい。」
「・・・キ、キシリア様?」
「よいのだ、お前も入って、疲れを取るがいい。」
それから私は好意に甘えるべく、そそくさと軍服を脱ぎ、ガラリと温泉へのドアを開けた。
濛々と立ち込める蒸気の向こうに、湯から顔だけを出したキシリア様が見えた。私はバスタオルで身体を隠し、
「し、失礼致します!」
と言ってから湯船に近づいた。ひょっとして、右手と右足が同時になっているかもしれなかった。
「温泉とはいいものだ、なあ、貴様もそう思わんか?」
「は、はあ・・・」
身体を湯で注いでから、私はざぶんと中に入った。
かなり熱かったが、今はそれどころではなかった。
「本国にも欲しいものだ。」
「は、まったくで。」
「どうした、ひどく緊張しているではないか?」
湯に顔を紅潮させたキシリア様は、笑顔を見せた。
「しかもそんな遠くで・・・ふふ、まさか、この私に気をつかっているのではあるまいな?」
その通りです、と言いそうになった。
「マ・クベ、お前は何度も温泉に入っているのか?」
「い、いえ、今日が初めてでございます。」
「そうか・・・」
キシリア様は目を外にやった。
午後の日差しが温泉を照らしていた。囲いの向こうに山脈の頂きが見え、見事な光景が見えた。
「時には、こうやってリラックスしないと・・・どうした、お前、顔が真っ赤だぞ!」
「あ、熱いのであります・・・」
ホホ、とキシリア様は笑い、
「先に洗うぞ、熱いのだから無理をするな。」
そう言って立ち上がった。一瞬、白く眩しい裸身が目に焼きついたが、すぐにキシリア様はバスタオルで身体を隠してしまった。
「どうした、のぼせてゆでだこになってしまうぞ。」
「は、はい・・・」
「・・・私の背中を流してくれるか?」
キシリア様の頼みだ、聞かないわけにいかない、と思った。前を隠しながら、立ち上がったものの、錐の刃のように欲望が股間に集約するのを感じ、私は狼狽していた。
腰掛けたキシリア様の背中は、ひどく美しいと思った。
白くて眩しい肌、きめの細かそうな肌、また唾をごくんと飲みながら、
「し、失礼します。」
石鹸を含ませたタオルをキシリア様の背中に当てた。
柔らかい感触に手が沈んでいく、と思った。直視できないため、背中を洗いにくいこと、この上ない。
「・・・もっと力をこめて、やってくれ。」
注文を受け、それでも頭をぼんやりさせながら、私は従った。
唇をつい近づけたくなる衝動を必死に堪えた。腕に力をこめ、ごしごしと磨いていくと、
「優しくやってくれないか、それでは痛いだけだ。」
「は、はあっ、失礼致しました。」
股間に集中していた欲望が更に硬度を増して、ピクンと跳ねた。気づかれないようにして、私は心をこめて背中を洗った。
湯をかけ、泡を洗い流すと、キシリア様が振り返った。頬が赤く染まっていて美しく、私は息を飲んだ。
「代わろう。」
「い、いえ、私は・・・」
「遠慮するな、今日だけは特別だ。」
そう言ってキシリア様は立ち上がった。今度は見事な裸身を私に見せつけ、背中に回るのだった。その間、私は眩しいその姿にほれぼれしてしまい、下半身の欲望を隠すのを忘れていた。
「私が流してやろう。」
遠慮する私をキシリア様は制した。諦めてとうとう私は、上官であり、かつザビ家のキシリア様に背中を洗って頂くはめになった。
それはとてつもない緊張と愉悦を私にもたらした。
柔らかい手。普段の厳しいキシリア様からは、あまり伺えない優しさにあふれた仕草。
女性ながら、我がジオン軍髄一の戦略家にして、突撃機動軍を創設した天才、キシリア・ザビ様。
その方に身体を洗って頂く、こんな果報があろうか。
「お前は・・・」
至福の時を過ごす私に、
「は、何でございましょう?」
「お前は結婚していないのだったな?」
「は・・・はあ。」
「本国に決まった女でもいるのか?」
「いえ、特にはおりません。」
「そうか。」
そう言った後、キシリア様はまた沈黙して、私の背中をごしごしこするのだった。
私は事実を述べたまでだ。軍に身を投じてから、キシリア様以外の女性に目をやったことなど、1度もない。
私はキシリア様の騎士なのだ。密かに忠誠と愛情を誓い、しかしそれを決して表に出してはならないのだ。
しばらくしてから、またキシリア様は口を開いた。
「痩せたな、マ・クベよ・・・」
「か、閣下・・・」
「苦労を掛けるな。」
「さ、最前線にいるのです、軍人の誉れであり、これくらい痩せるなど・・・」
「傷が多いな。」
「ひ、か、閣下!!」
背中に触れた柔らかい感触に私は声が裏返っていた。
何と、キシリア様の唇が、花弁のような唇が私の背中を吸っていたのだ!
何回も何回も温かい唇が触れた。やがて濡れた感触が、背中に這った。生き物のように、舌が、あの美しい唇を割って舌が動いた。
「あ・・・あ・・・」
唇と舌だけではない。私の腰を持っていた手がそわそわと少しずつ移動を開始し、腿の内側に寄っていた。
氷のように硬直した私をいいことに、手が積極的になった。
「ああ、キ、キシリア様!!」
握られた。さわさわとゆっくり握られた。泡だらけの白い手に握りしめられたのだ。そしてキシリア様は、両手で私を包み、ゆるやかに上下動を開始した。
「フフフ、マ・クベ、大分、たまっているようだな。」
ちゅっと背中から口を離して、キシリア様が言った。気のせいか、嬉しそうな声色だった。
「ほら、お前のが、こんなに膨れているぞ。」
泡でぬるぬる、キシリア様の両手が速度を上げ、私をこすっていく。鋭い快感に私は身悶えた。
「あ、か、閣下!閣下!!」
思わずキシリア様の手を押さえて、私は懇願していた。
「だめです!もう、持ちそうに・・・あ、か、閣下!!キシリア様!!」
起き上がったキシリア様が、私に身体を密着させた。まあるく、柔らかな双丘がむにゃりと潰れ、更に興奮が高まってしまった。
「いいのだ、マ・クベ、出していいのだ。」
「・・・し、しかし・・・」
この期に及んで、私はためらった。
「この私がいい、と言ってるのだ。出してしまえ!」
左手が袋を、右手が私の先端、つまり1番感じやすいところをこすった。それは、上官からの褒美というのには、あまりにも甘美すぎる快楽だった。
時折、キシリア様の洩らす熱い吐息、背中に当たり続ける女体の柔弱さ、そしてたおやかに両手がしごく私自身。
「あ!」
「ん、ん、ん、がまんするな、全部出してしまえ!」
熱いほとばしりが身体の底から噴出して、もはや抑えられずに私は達した。それでもなおしごき続けるキシリア様の美しい手と、それに刺激される醜い私自身、そして、私の足を外から押さえ込むような格好のキシリア様の白く眩しい足を見ながら、果てたのだ。
「ん、ん、ん、すごい量だな・・・ふうむ、まったくもってすごい量だな。」
「ううう・・・はあ・・・申し訳・・・ございません・・・」
快感の余韻に頭をぼんやりさせながら、私は呻いた。
「・・・か?」
私は温泉の熱さでのぼせてしまったのだろうか。急に周囲の音が聞こえなくなり、視界が狭まったような気がしていた。
「おい、貴様、大丈夫か!?」
「は、はあ・・・」
「ふぬけたやつめ、そら流すぞ。」
いつのまにか私の前に回っていたキシリア様が、微笑みながら温泉の湯を汲み出して、ざぶんと私に浴びせてくれた。ぷるんぷるんと胸が揺れ、それを眺めているうちに、またもや私自身がむくりと起き上がっていくのを感じた。
「なんだ、しょうがないやつめ。また興奮してしまったのか。」
私はキシリア様の行動をずっと見ていた。
キシリア様は髪留めを取り、肩こりをほぐすかのように首を振った。豊かな栗色の髪がわさわさと揺れ、波を打って腰の辺りまで広がっていく。孔雀が羽根を広げたのだ、ぼんやりと私は思った。
そして温泉の床に腹ばい状態になったキシリア様は、次第に顔をこちらに近づけてきた。
「うう・・・」
右手がまた私自身を掴んでいた。
私が驚いたのは、ピンク色に頬を染めていたキシリア様の顔と濡れたように赤い唇であった。そしてそれがだんだん私自身に近づいていく。
「キ、キシリア様ぁ・・・」
悲鳴を上げたが、私の顔を見ることもなくキシリア様は一心不乱に私自身を見つめていた。その赤い唇の周りを、蛇のような舌が蠢いたような気がした。
「・・・こんなに興奮して、本当にお前はしょうがないな。」
あっと短く叫んだ。キシリア様の唇が、私を含んだのだ。目をつむり、頬をへこませて吸い上げるその唇。さっき達してしまったのに、もう私は快感に耐えている。
羞恥心と快楽の狭間で、私はこの身を呪った。
・・・キ、キシリア様にはこういう仕草は似合わない、しかし気持ちいい!・・・
・・・どうしたらいいのだ、どうしたら?・・・
・・・キシリア様にも、私からして差し上げるべきなのか?・・・
・・・しかし、もし拒否されたらどうなる?これまで営々と築き上げてきた、立場はいったいどうなるというのだ?・・・
・・・私はキシリア様を守る騎士なのだ、その私が・・・ああ、気持ちいい!・・・
「ん、ん、んっ、はぁ、はぁ、ん、ん、ん・・・」
キシリア様は目を開けて、私を見た。その瞳が濡れていると思った。
「マ・クベ・・・貴様、私だけにさせる気か?ん、ん、ん、ちゅぷ、ちゅぱ・・・まあ、それもいいだろう・・・」
そう言われた瞬間、私の中の何かが爆発し、自分でも思わぬ行動を取っていた。
私は、私は、私は、キシリア様を押し倒していたのだ。
触れた肌が熱くて、ヤケドをするかと、はるか遠いところにあるような理性が思った。
「ふん・・・やっとその気になったか。私に魅力がないのかと落ち込んだぞ。」
恥らうようにキシリア様が言った。しかも頬を染めて、私の凝視から目を背けたのである。
「優しくしろ、マ・クベ、さあ。」
空を、オレンジ色の夕日に染まる雲が流れていった。それを見ながらキシリア様が言った。まるで10代の少女をこの手に抱いているのか、そんな感じがした。
私自身が、狭く、窮屈な空間に触れた。そこは、すでに熱く潤沢な泉にあふれていた。
身体を押し込むと、私自身の先端が窮屈な空間を徐々に開拓し、更に熱いぬめりの中へ沈んでいく。
「う、うう・・・」
キシリア様が私を抱く手に力が入り、爪が私の肌に食い込んできた。耐えられない痛さではなく、それが閣下の負担を軽くするものならば、甘んじて受けようと思った。
ゆっくりと進入、すると私自身を蠕動する粘膜が捕え、収縮を開始する。ようやく根元まで入り込み、
「い、痛くはございませんか?」
と、問うてみた。しかし、その答えはなく、代わりにキシリア様がぐい、と私を抱き寄せた。
「あ・・・ああ・・・ん、あっ、あっ!・・・マ・クベ・・・ん・・・」
「は、はい?」
「私の身体は、どうだ?」
「は・・・はぁ・・・さ、最高でございます!」
「そうか?」
「はい、もちろんでございます!」
確信を持って答えると、安心したのかキシリア様は私の首に回した手を離した。同時に、
「ああ、ああっ・・・」
悩ましい悶えが、キシリア様の口から洩れてきていた。
私はそのまま、腰を動かしてキシリア様を突き出した。2人の結合部分に目をやると、白っぽい粘液がいっぱい垂れている。突く度に、クチュという濡れた音と、愛らしい喘ぎ声が耳に入り、だんだんと白い粘液が垂れ出していくのだった。
軽い身体が愛しい、腰を捻りながらそう思えた。我が手の中の小鳥を愛でるがごとく、丁重に慈しむのだ。
「あっ、ああっ・・・マ・クベ、マ・クベッ!!」
私を抱き寄せるキシリア閣下の手の、何と小さくか細いことか。少女のように華奢で、無理をすると壊れてしまいそうだ。
目は閉じられてはいたが、時々私を見ては、安心したようにまた閉じていく。
ぬめりにあふれた壁の内側を突き、こすりあげ、包まれた私自身にキシリア様のそれが絡みついていくと、早くも兆しが訪れた。
・・・ああ、キシリア様!!・・・
くちづけをするには、まだ私の中の何かが、それを早いと拒んでいた。
こんなに間近にいるのに、目前にあるのに。
美しいお顔、ほのかに染まった頬、鮮やかに赤い唇、すべてがここにあるというのに。
だが、この下半身の翳りの中のうねり具合。
私を捕らえて離さない粘膜の感触。私自身全体にすっぽりとはまり、絶え間なく収縮を繰り返す。
快感に溺れ、思わず気を抜くと、たちまち放ってしまいそうだ。兆しは弱くなるどころか、強くなる一方だった。
「ああ、キ・・・キシリア様ぁ・・・」
「あっ!あっ!!ああっ!!マ・クベ、く、くちづけを・・・」
驚いたことにキシリア様の方から、私を求めてきた。
ためらいはなく、躊躇することもなく、頬を染めたキシリア様に唇を重ねた。目をつぶって、その感触に私は震えた。ただ、震えた。
薄い唇なのに、どうしてこんなに柔らかいのだろう、それに味がこんなにうまいのだろう。
こくこく、舌でキシリア様を、その口内を味わう、味わってみる。
「ん、ん、ん・・・」
頭まで強く抱えられて、キシリア様が私を抱きしめてきた。
その時、私はキシリア様に対して、強い愛情を抱いた。それは今まであった尊敬、慕情、絶対服従、その他諸々の念を、超越すらしていたのだ。
粘膜の蠕動が激しくなり、眉根をしかめたキシリア様が自身の指を噛んだ。そして、大きな声が洩れた。
「あ、あっ、ああっ、あ、あ、い・・・いい!・・・ああ、もう、もう、ああん!!」
ザラザラした肉壁の中が急速に狭まった。前後左右、複雑に交わっている私自身とキシリア様自身が、一体化したような錯覚を私に与えた。
「い、いい!!いくう!」
くわっとキシリア様が瞳を開いた。中に映った私が、私を見ていた。
身体を駆け巡る情熱が、もう押さえられない。
「ああ、ああ!あ!」
「キシリア様、ご免!」
耳元で囁き、そう断ってから私自身を引き抜いた。
すかさず、首を起こしたキシリア様が両手で私自身を握った。
「あ、あ、ああ、し、失礼!!」
口を開けたまま、キシリア様が頬を染めている。その情景を見ながら、私は射精した。
白く滝のように射出された私の精は、弧を描き、半円を描きながら、キシリア様の胸と腹を汚していった。
「あ、ああ・・・あ・・・」
射精する私自身に注目していたキシリア様の視線が、うっとりとしたものになっていた。熱い熱い射精を受けながら、扇情的な喘ぎ声が聞こえた。
私がすべてを出し終えた後、キシリア様は自分の身体に残った私の精を指で集め、それがついた指を唇に持っていき、ペロリと赤い舌を覗かせてひと舐めをした。
「あん・・・苦い・・・」
そう呟いたのが聞こえた。
「えらく長風呂で、お倒れになったのではないかとご心配申し上げましたところです。ははは。」
帰りのエレカの中では、ウラガンだけが饒舌だった。
後部座席に座った私もキシリア様も、一言も喋らない、いや喋れなかったのだ。
「温泉はどうでございましたか?」
ウラガンめ、えらくはしゃぎおって。
「うむ、よい加減であった・・・」
キシリア様が虚ろな口調で、ようやく返答をする。
「そ、それはようございました。」
私はハッとした。
後部座席に置かれた私の手に、温かい指が触れたのだ。視線を落とすと、そこではキシリア様の手が私の手を握っていた。
・・・キ、キシリア様・・・
「マ・クベ、それに、ウラガン、今回の視察、有意義なものになると信じている。今日は特に温泉はよかったぞ。」
「は!」
私とウラガンの返答が同時に重なった。
「礼を言う。本当に助かるぞ、マ・クベ。」
「は、はい!」
握られた手に更に力が入った。
私はこの時、心の中で、一生キシリア様にお仕えしていこう、と誓った。確固たる意志でそう思った。どうして、先程はああなったのか、判らないが、そうしようと考えた。
これが恋、そういうものなのかもしれなかった。
(了)