『外道神父アルベルト・無法伝3』
どんっ!
ドアが蹴破られ、深夜の静寂が掻き消される。
今まで2階に泊まっていた客の、やたらうるさい喘ぎと軋みで、大した睡眠であったとは言えないが、さすがに主人も頭に来たのか、まだ夕食時の酒は残る赤ら顔でロビーに顔を出す。
ロビーとはいえ、単に古ぼけたソファ一つに食堂を兼ねたフロアが続くだけの空間。
そこにいる男達を見た瞬間、主人の顔はあっさりと青褪めた。
そこにいたのは、誰もが拳銃や刃物を手にしたチンピラといった風体。だが、目を見れば分かる。単なるチンピラではない。その方面の経験を積み重ねてる奴らだ。
「ひっ!」
たんっ!
主人の引き攣った悲鳴と銃声は同時。脳漿と鮮血を撒き散らして倒れた主人を、男達の下卑た笑いが包む。
「な、何・・・・?」
シンチャイはベッドの上でシーツに包まって膝を抱え、銃声に肩を震わせる。
アルベルトは窓辺から離れて自分のカソックに手を突っ込み、
「深夜の客はあまり歓迎出来ないんですがねぇ・・・・寝不足になってしまいそうで」
そう言う顔には笑み。明らかにこの状況を楽しんでいる。
「アル様!」
ドア越しに白花の声が聞こえ、アルベルトは鉄の塊を二つ抜いてドアの鍵を開ける。
「アル様・・・ご無事ですか?」
「姉さん、この人がそう簡単に傷など負う様に見えますか?」
心配そうな白花と、半眼で見上げてくる紅花。その後ろにはシンチャイを心配するウィナイの顔。
「ええ、勿論。私もシンチャイさんも無事です。しかし、一人死んだ様だ」
あっさりと言うアルベルトに、ウィナイとシンチャイが息を飲む。
対して、劉姉妹の方は冷静を保っている。
「まぁ、不本意ですが・・・・ここは私がもてなさねばならない様ですから、ちょっと行ってきますよ」
まるで散歩にでも行く様に告げるアルベルトのシャツの裾を握り、白花が潤んだ瞳で見上げてくる。
「大丈夫。私の歓迎方法は荒いので、白花さん達はこの部屋にいなさい。ウィナイさん・・・恐らくは何もないでしょうが、部屋の前で見張りを頼みますよ」
ぽんっと肩を叩くアルベルトに、ウィナイが言葉なく頷く。
「それと・・・白花さん。この中で一番頼りになるのは貴女ですから・・・シンチャイさんの守りはお願いしますね♪」
「はい、任せて下さい」
頭を撫でられ、白花はくすぐったそうに笑みを浮かべながら頷く。
何で姉さんが守らなくちゃならないのか、という紅花の抗議を聞き流しつつ、アルベルトは鉄塊を握る。
右手に黒い自動拳銃。左手に銀の回転式拳銃。
二つの凶器をただ両手にぶら下げて廊下を歩く。
廊下の左側は全て部屋。突き当たりを折れて右手に階下への階段。
後四メートルの距離でアルベルトは両腕を上げ、二挺の拳銃を顔の両脇へ。
回転式拳銃の撃鉄を起こし、自動拳銃のスライドを歯で噛み、引く。ここで後2メートル。
ぎしっと木床が軋み、同時にだんっという踏み込みの音。直後に現れたのは顎鬚を生やした男。拳銃を構え、しかし廊下に出た途端に撃つべき相手を見失う。
たんっ!
乾いた音と痛み。それを感じたのは一瞬で、実際には感じてすらいなかったかも知れない。男は脳漿を天井に撒き散らして床に崩れ落ちる。
アルベルトは男の出現と同時に深く身を伏せ踏み込み、顎から脳を一発だった。
背後を振り返り、部屋のドアの前で呆然としているウィナイに向けて、男の手にしていた拳銃を蹴り転がす。
「護身用です」
そう言って、突き当たりを折れ、壁に背を預けて階下を覗き、同時に銃口が火を噴く。
たたんっ!!
二挺から同時に吐き出された銃弾が、階下で待ち構えていた男二人の眉間を正確に撃ち抜く。
「くそっ!殺せ!クソ神父がっ・・・」
罵声の響きを耳にしながら、アルベルトは喉の奥でくっくっ、と笑い、
「さて、久々に・・・・朱の舞台に上がりましょうか」
かつっと軽く二挺拳銃を合わせ、階段を飛び降りた。
「アル様・・・・」
白花の心配そうな呟きに、紅花は溜息をついた。
あの男は危険人物で、女たらしで、どうしようもない災厄と頭痛の種ではある。
それは間違いないが、それと同じ位、アルベルト・ローティスという人物の戦闘能力を常軌を逸している。
たかだか拉致などというセコイ真似をする奴らに負ける事など、万が一にもない。
そう、階下から聞こえてくるのは恐らく・・・・破壊と殺戮の狂騒曲。
アルベルトは階下の木床に着地すると同時、食堂の奥に設えてあるバーカウンターに飛び込む。その軌跡を追って銃弾が跳ね、木屑を散らす。
カウンターの中を低姿勢で疾駆。端まで駆け抜け、跳躍。
並外れた跳躍は、カウンターを飛び越え、その前に陣取っていた男の前に。
階下に降りた瞬間に確認した位置からまるで離れていない。
嘲笑を浮かべつつ、男の額に一発。脳漿と鮮血を撒く男の死体の側頭を蹴り抜き、テーブルを巻き込んでその向こうで棒立ちのチンピラをも巻き込む。
回転式拳銃の残弾、五発。自動拳銃、十二発。
一瞬も止まらず、テーブルの端を蹴り飛ばして盾に。同時に死体とテーブルに圧し掛かられた男のこめかみがアルベルトの銃弾によって爆ぜる。
瞬く間に破砕していくテーブル。それを蹴り、床を滑らせるとフロントに向かって疾走。跳躍。中に隠れる一瞬で男達を確認。残り十人。内、拳銃を所持しているのが五人。
他はナイフと青龍刀に似た形の刀剣。
筋金入りの愚か者らしい。アルベルトは苦笑。
「ちっ!早くぶっ殺せ!神父一人に何を手間取ってやがる!?」
先程の罵声と同じ声。成る程、一人はこの連中の指揮もやっている様だ。
その男がこれでは無理もない。彼我の戦力差が分からない上官の部隊に待つのは、死だけだ。
どすどす、と無警戒な足音。近寄ってくるのは、二人・・・・その後ろに三人。前の二人は拳銃を携帯した奴ではないか・・・・そう確信し、アルベルトは回転式拳銃をベルトに挟み、腰の後ろの留め金に手を回す。
薄い鋼の感触。
「哀れですねぇ」
笑みと侮蔑を含んだ声を出すと、足音は更に荒く、そして刀が突き下ろされてくる。それを自動拳銃で弾き、留め金から外した鋼。投擲用の小型のナイフを飛ばす。喉に深々と突き刺さったナイフにもがき倒れてくる男の手首を捻り、体を押し上げてそのまますぐ後ろから迫っていたナイフの男の胸を貫く。
「ごはっ・・・か・・・」
血の塊を吐き、唖然として自分の胸に刺さる刀を見つめる。
死が信じられないのだろう。アルベルトは更に刃を押し込み、血を吐き出す男の顔横から銃口を突き出し、
たんっ!!たたたんっ!!
連続する銃声。
それで三人の男が鮮血と共に床に沈む。全員の手に拳銃。
一瞬の索敵と照準。正確な射撃は更に銃口を向ける男を狙い、しかしアルベルトは二人の死体を盾にする。
肉の塊を押し退け、再び銃撃。
たたたんっ!!
一人は目と喉を撃ち抜かれ絶命。
もう一人は腹を撃たれ、それでもこちらに狙いを付ける。
迷わず体を反らし、別の男達の方へ。
驚き、そして仲間の射線上になると恐れる男。仲間を撃ってしまうかも、という万が一に狙いが乱れる瀕死の男。
「戦いはもっと容赦なくしましょう」
爽やかとすら思える声音。
男が突き出すナイフを首の動きだけで避け、左手で首を抱え込み、固定したまま床に叩き付ける。ごぎんっという鈍い音で首の骨がへし折れたのを確認、自動拳銃を三射。それで頭の大半を吹き飛ばされて拳銃を携帯した男は全員死亡。
と、一仕事終えたアルベルトの真横からの剣撃。
体を反らし、目は振り下ろされた刀が腕の膂力で強引に跳ね上げられるのを確認。そのままバック宙で剣撃の軌道から外れ、刹那相手の懐に飛び込む。
「なっ!?」
アルベルトの虚を突く動きに対処し切れず、拳が腹にめり込む。
くの字に折れる体。自動拳銃を一旦捨て、頭を押さえつけるとその鼻に膝を叩き込む。更に両腕で首を締め上げ、そのまま捻じ曲げる。
首を折られ力の抜けた死体を離し、最後の一人に目を向ける。
「ひっ・・・」
情けなく、喉を引き攣らせ声を上げた男は、痩躯の男。細面の顔に浮かぶのは戦慄の表情。
慌てて死体が握り締める拳銃を取ろうと走り、その拳銃に手を触れさせた所で、だんっとアルベルトに踏み砕かれた。
「ぐぁああああああああああああああああああっ!?」
激痛に悲鳴を上げる男を見下ろしつつ、アルベルトは腰の後ろの留め金から投擲ナイフを二本取り、
「また地獄で会えたらよろしく」
恐怖の表情で見上げる男の顔面に投げ下ろした。
「まぁ、地獄が存在すれば、の話ですが」
全ての終わる直前。
宿の屋上で、ノイズが生まれる。
「こちらB班。これより突入します」
『了解』
ノイズは無線機から生まれ、たった二言のやり取りで終了。
黒ずくめの戦闘服に身を包んだ者達。
強襲は始まってすらいなかった。
がしゃぁあああああああああああんっ!!
突然窓を破って入ってきた黒ずくめに白花と紅花の体が強張り、すぐさま紅花がドアを開け放つ。
「な、何だ!?」
慌てるウィナイを押し退け、
「姉さん早く!」
続く白花は、すぐには向かわずに部屋の隅で震えるシンチャイを見る。
「早くこっちに!」
だが、強襲してきた黒ずくめの方が早い。
腕を掴まれ立たされるシンチャイに、白花が動く。
戦闘服の手首に掌底。続けて跳ね上げた拳で、何とかシンチャイの腕から手が離れる。
シンチャイと戦闘服の間に割り込みつつ、蹴りを腹に叩き込む。
まさか、少女にそれだけの体術の腕があるとは思えなかったのか、虚を突かれよろめく男。
「早く!姉さん!!」
妹の声にシンチャイの背を押して走り出す。
だが、シンチャイの背がドアの向こうに消えた所で抵抗は終わらざるを得なかった。
新たに侵入して来た男に白花は腕を取られ、瞬間その手を振り解いて反撃するよりも先に、シンチャイが上手く廊下へ逃げ出せた事の確認をした。
その隙が致命的な物となり、背後へ強く体を引かれた次の瞬間には首筋に重い衝撃を感じて、白花の意識は混濁し、闇の中へと落ちていった。
「姉さん!」
紅花が慌て、姉の救出に向かいかける。
だが、白花よりも体術に優れている訳ではない自分には何も出来ないという判断が無情に脳裏を掠め、
「拳銃!撃って!!」
ウィナイへと叫ぶ。
「え?う、わぁあああああ!!」
たんっ!
ウィナイの勢いに任せただけの銃撃に怯む事なく、戦闘服の男達は廊下へと侵略を続ける。
ガラスの割れる音に天井を見上げ、アルベルトは舌打ちした。
勘が鈍っているとは言え、まさか上の敵に気付かないなんて平和ボケもいい所だ。
自分の鈍さを呪いつつ自動拳銃を拾い上げ、疾駆。即座に全速力へと。階段を幾つか飛ばして駆け上がり、階段のすぐ上で転がったままの死体の襟首を掴み、廊下へと投げる。
銃撃はなく、まだ自分の対応には気付いていない。
廊下に身を躍らせ、紅花とウィナイとシンチャイを目視。紅花の襟首にかかった手に照準を定め、
たんっ!
正確に撃ち抜かれた手首を押さえる戦闘服。
「伏せなさい!」
叫びと共に連射。
たんっ!たたたんっ!!
全ての弾を撃ち尽くし、すぐさま横のドアに体当たりをし、そのまま室内に。
廊下に弾痕が穿たれるのを見つつ、回転式拳銃を抜く。
廊下の様子に耳を澄ませ、物音の一つもしない事に舌打ち。
先程、白花がいなかった事を思い、ドアの陰から部屋の小物を投げる。
反応はない。
部屋を横切り、窓から外を見ると、下で戦闘服に身を包んだ者達が五人。走り去るのが見えた。その中の一人が小柄な体を担いでいた。
「アルベルトさん!」
激情に染まった声に振り返れば、紅花が立っていた。
撃鉄を下ろして拳銃をベルトに戻すと、歩いて廊下に出る。
真っ青な顔をしたウィナイとシンチャイの兄妹が立っている。その横を通り過ぎて、アルベルトは自分の泊まる筈だった部屋の前へ。
「貴方の下らない行動の結果がこれです!姉さんを攫われた責任はどう取るつもりですか!?」
紅花の激昂を聞きながら、部屋の前の血溜まりに沈む男を見る。
さっき辛うじて殺せた一人だ。
しゃがみ込み、男の装備を調べ始める。
「こうなったら、劉家の力で・・・・」
歯噛みして呟く紅花に、初めてアルベルトが反応する。
「その必要はありません」
「何ですって?必要がない?何故そんな事が言えるんですか!?」
飛び掛かりそうな勢いの紅花に振り返り、アルベルトはいつもの笑みで答える。
「白花さんを奪い返すのは、私の役目ですから」